from new notes 最新のノート
DARLING『Darling』(監督:Johan Kling)というスウェーデン映画を観た。何年か前に、すでに冒頭は観ていた。ストックホルムの、冷淡で、極端に表面的な若い富裕層を切り取ったカリカチュアと聞き、好奇心で観始めたが、そのときは、字幕がなく、全編スウェーデン語だったので、途中であきらめていた。 ブラックコメディ。ストックホルムの裕福なエリアに住み、高級ブティックで働く若い娘と、彼女を取り巻く小さな社会の話。この都市のこの富裕層に特有な、空虚さと見栄と歪んだ感受性が、映画の中で、軽快にリズムを与えられ、風刺化された。東京砂漠で、似た娘たちの存在を確認したら、日本の映画館でも上映されたし。 彼女の周りのスノッブな世界では、何も言わないためだけに言葉を使ったり、面倒を我慢するためだけに人に会ったり、楽しい時間だけは過ごさないと決めて振る舞うのがしきたり。娘は、母親の迷惑な人生を押し付けられながら嫌々高級アパートで暮らし、親友から恋の相談を受けると虫酸が走り、うんざりすることだらけなのと、相手もどうせ上の空なので、恋人の横では、相手の目を見ずに悪態を吐き続ける。 端正な顔の主演女優は、自身の専門性をかけて、始終生気のない目を携え、世界への関心を遮断し、不細工な顔を崩さないよう心がけているが、映画の終盤近く、この娘が一度だけ微笑む場面で、生きて輝く、品のよい美しさを、5秒ほど披露する。 ある数日間、仕方なくファストフードで働くことになった娘が、職場で、疲れた境遇にあって止めどなく前向きな、心優しい中年の男に出会い、友情を結ぶのだ。 微笑の前後で、それ以外の事情は何一つ変わらないし、娘の顔は、事後も二度と綻ぶことはない。相変わらず娘は、車の助手席で永遠に不満気な顔をしているし、不幸な中年男は、若い少年たちに住処すら追い出される。 出演:足並みを揃え、軍隊のように現れては去る男女(スーツの男たちと、何体かの巻毛の人形) ジャンル:コメディ。軽快なバルカン・ジャズに合わせて。
春日山地区奈良の若草山のふもとに住宅を設計している。 注意:シカは野生動物です。時として人を攻撃することがあります。
ANOTHER についてグッドラック・ジョナサン! 名前は不思議なもの。 「ANOTHER AFRICA:もうひとつのアフリカ」とは、アフリカでもっとも若い国・エリトリア生まれで、カナダ育ちNY在住の友人が始めたプロジェクトの名前だ。
ANOTHERという単語は、二つの単語でできている。英語教師に、ANOTHERは「AN OTHER」だと教わった。「OTHER=他」が一つだけに限定されるとき、「ANOTHER」になる。それ以来、気になるのだ。辞書なんかでANOTHERを見かけるたび、「ちょっと待って、君はAじゃなくて、Oのところに行くんじゃないの?」と。 けれど、「もうひとつ別の」と、「その他の」では、日本語のニュアンスも全く違う。あるかないか、あいまいな「その他」が、「もうひとつ」と言われると、突如、指で差してほらそこにいる、と言えるくらい、確かなものに聞こえてくる。「もう一杯の紅茶」ならいいのだけど「もう一人の私」とか「もう一人の恋人」と言い始めると、少しおかしなことになってくる。不確かなものも、本当にいるように感じるのだ。 ANOTHER AFRICAは、私たちに見えているアフリカに対して、「もうひとつのアフリカ」がある、ほらここに(*指で差し示して)、と断言している。ロゴのグラフィックにおいて、大陸の形は左右反転している。鏡の中のアフリカ。見ている私が立っているのはどちら側? 鏡の中? 外? それとも、世界が反転しているの? 「ANOTHER」のアルファベットを並べ替えると「ON EARTH」にもなるし「NO EARTH」にもなる。初めに言った通り、これはなぞなぞなのだ。
ANOTHER AFRICAのブログには、ナイジェリアの女たちの髪型を1000枚以上撮影したJ.D. Okhai Ojeikereの写真群や、The Masqueradeと題したPhyllis Galemboによる西アフリカの仮装衣装の記録、エリトリアの首都・アスマラの20年代の建築群などが、次々に紹介される。インフレで崩壊したジンバブエの紙幣が、ビルボードに貼られる様子も(まさしく”bill=紙幣”ボード!)。そんな「ANOTHER」にインスパイアされ、創造性で応えたコムデギャルソンやベルンハルトウィルヘルムのファッションにも触れる。 鏡の世界では、醜い美女と、美しい醜女が交互にあらわれ、世界で最も美しいものを決めるコンテストを繰り返しているのだ。片方がコンテストに勝つと、もう片方がANOTHERと呼ばれる。永遠に終わらないなぞなぞを繰り返して、女王が大笑いしている。 「道には誰も見えないんですけど」
消滅しているわけではないので春眠暁を憶えないどころか、寒くて明け方目が覚めるような毎日も、終わりそう。春になり。(なんて遅いのだ、今年の春の到着は。) assistantでは、名刺がしばらく切れていたので、新しく刷ることにした。今まで通り、手書きだが、自分専用のものは、限りなくうすい名刺にした。 連絡先を交換するとき、丁寧に名刺を渡してくれる人もいれば、吞み屋さんでぱぱっとメモをくれる人や、とりあえず、手にメモしておくときもある。私の場合、旅先でもらった切れ端みたいなものも、ずっとなくならない。というか、一時なくなったりはするのだが、燃えたり捨ててしまったりしているわけではないので、結局は出てくる。 このページも同じで、消えたり壊れたりしているわけではないので、結局始まる。
春のトークトークトーク終わり今日で、春のトーク週間が終わる。
第3弾はNIT vol4。音楽家の渋谷慶一郎氏の、音楽ではなく、音楽の話を聞ききに。
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